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吼える月
第8章 覚悟
黒崙の民は騒いだ。
あと5日――。
5日で目の前のサクを差し出さねば、彼らが安穏に住まう街は滅ぶ。
しかし5日後に、サクを差し出せば今まで通り――。
この街でサクは、誰もに可愛がられていた。
それは誰もが敬愛する武神将が溺愛する息子であり、サク自身も親の偉光を笠に着ることなく、自らの強さを誇ることがなく、実に気さくで民と接していたからだ。
だがそのサクは彼らにとっては所詮は他人。
民の中には、生まれたばかりの子供を持つ親もいる。
動けない年寄りを抱えた者もいる。
結婚して幸せになろうと黒崙に移り住んできた者もいる。
サクと自分達の生活を比較した場合、どちらに比重が出てしまうのか……それは火を見るよりも明らかだった。
民のざわめきは、やがてサクに対する不穏な敵意になる。
サクさえいなければ。
サクを差し出せば。
そんな動きを、街長とハンは黙って見つめていた。
それを割って入ったのは、ユマだった。
彼女は、ユウナと共に……遠巻きで見ているように、先にサクに念を押されていたのだが、耐えきれずにユマが飛び出したのだ。
「なんでそんなことを言うの、皆!!」
両手を拡げて、民の視線からサクを庇うように、声を荒げた。
「サクはこの街の一員なのよ、私達の家族なのよっ!? 家族を売るような真似をしないでよ!!」
そのユマに、抗する声があがった。
「……ユマ。その家族のひとりが、多くの家族を苦しめるというのなら、多くの家族のためにひとりで犠牲になるっていうのが、本当の"家族"ってもんじゃないのか」
それは、饅頭屋の主人だった。