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吼える月
第8章 覚悟
「誰だ、お前は……っ」
民衆の質問に答えようとしたのは、ユマだった。
「この子は、サラ様の遠縁の子の……」
ユマが言葉を切ったのは、今まで花が活けてあった大きな花瓶を片手に歩んでくるユナが、頭に被っていた上着を……民衆の前で取ったからだ。
ふわりと長い黒髪が舞う。
そこにあるのは怪我をした顔ではない。
どこまでも自分と酷似した――、
「まさか……」
否。
「ユウナ……姫、さま……?」
自分とは比較にならない程凜として美しい……黒陵の姫の顔だった。
その目は怒りに燃え、長い髪は彼女の迸るような迫力に靡いた。
「あたしの名前はユウナ。
黒陵国、玄武の祠官のひとり娘である!!」
「姫様、絶対出て来るんじゃねぇって言っただろ!! ユマ、あっちに連れて……」
ユウナは手にしていた花瓶の水を、何度も頭から流し、手で荒く髪を掻き毟るように洗い出した。何事かと唖然とする民衆の前で。
その奇行とも言えるユウナの行動の意味を知るのは、サクひとりだった。
「やめろ、やめろ、やめろ――っ!! 姫様、やめるんだ!! あんたはなにも悪くない、傷を抉るんじゃないっ!! 姫様聞け、姫様、姫様――っ!!」
まだ黒色が完全に定着しきっていない髪は、何度も擦り上げられては執拗にかけられる水に色が薄まり、逆に流れ落ちる水の色が澱んだ黒に染まっていく。
ユウナの元に駆け付けようとしたサクは、ハンの片手に体を掴まれ、伸ばした手はユウナに届かない。
ユウナは、両手の袖で髪を挟むようにして、引っ張るようにして上から下へと、水分を拭き取った。
変わっていく。
ユウナの髪色が、黒から光輝く銀色へ――。
疑いようのない変現。
民衆の前で、彼らの国の姫が……銀に染まって行く。
誰もが忌み嫌う、魔の色へ――。
誰もが惹き込まれる、妖しい魔性の色へと――。
「姫様あああああ!!」