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吼える月
第8章 覚悟
 

 街長がひとつ咳払いをしてから言う。


「5日だ。5日でここは戦場になるやもしれん。巻き込まれて怪我をする前に、それまでに支度をして避難してくれ。……サカキ!」


 名前が呼ばれたのは饅頭屋の主人だった。


「お前は黒崙に古い。私の代理として、東の村の……弓良(ゆら)に皆を先導してくれ。お前なら行商もしているし道には明るい」


「街長、私は……」


「頼む。黒崙の民を、護ってくれ」


 街長はサカキの節くれ立った手を握った。




「………」


 鎮静する民衆の烈火と、消えゆくユウナの後ろ姿を見ながら、ユマは思った。


 こうした状況に導いたのは、ユウナの力だ。

 ユウナの言葉の力が、あれだけの民衆の敵意を鎮まらせた。

 そして代わって渦巻く戸惑いをまとめ上げたのはハンだが、ハンもまた……ユウナがそうすることを見越して、暴動が起こる寸前の民衆を傍観していたようにも思えたのだ。

 ……厳しい顔で突き放すように動かなかったのは、もしかしたらユウナがもう既にここに居ることを察知して、彼女を動かすつもりだったのかもしれない。

 黒崙の至急の危機回避に必要なのは、わだかまりのない一致団結。

 民衆の心に燻る不平不満を取り去るために、あえて民衆から言いたいことを言わせて、それをユウナの真実の言葉で鎮めさせたのではないか。


 上辺だけの言葉は、真実に勝ることはない――。

 自らの真実の意志で、黒崙を捨てる運命を選択させるために。


 ひとは自らが納得しない限り、どこまでもその場に踏みとどまろうとする。ただやみくもに命令されるだけでは、民衆は動かない。無理矢理動かしても、サクへの不信感から恨みを募らせるだけだ。


 だから。


 ……サクに対する禍根を取り除くには、ユウナが必要だったのだ。

 サクを助けるために、ユウナの助力をハンは乞うていたのだ。


 ……自分ではなく。

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