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吼える月
第9章 代償
サラの忙しさもユウナの奮闘も虚しく……晩餐の支度は整ったというのに、サクとハンが戻ってこない。
「おかしいわね、晩餐だと言った本人が食餌を忘れているわけではないでしょうに。ちょっと私、街長宅で様子を見てきます。一家をご招待したいし」
痺れを切らせたサラが、街長の屋敷に再訪した時、廊に駆け回る使用人達と、五子目を身籠もっている街長夫人のマヤまでもが、茶の支度をして動き回っていた。
「マヤ様、なになさっているんです!! お子に障ったら!!」
マヤは大きなお腹をさすり、ふぅふぅいいながらにっこりと笑う。
「街の民がもっと話し合いの場を設けたいと中庭で解散しないから、せめてお茶の用意くらいなら私もと思って…。私が身籠もってから、使用人達が働き詰めなのが可哀想で……」
「使用人は、働くのがお仕事なんです。貴方が動くだけで使用人達がさらに動くことに……ああっ、ほら言わんこっちゃない!」
躓いて転びそうになったのを、サラが滑り込んで受け止めれば、それをハラハラして見ていた使用人達から、安堵のため息をつく音が聞こえた。
「いけない、いけない。私ったらそそっかしいから……」
その、程度を越えた"そそっかしい"逸話は数知れず。
笑い話にも出来ないその過去幾多の場面を思い返せばこそ、この家の使用人は、女主人の分もきびきびと動き回るようになった。
なにひとつ自分で出来ないという自覚がないマヤは、なにかする度に、マヤにも想定外なことを引き起こす。
結局使用人は、マヤが動き始めると彼女から目が離せなくなり、集中してしようとする仕事の妨げとなるどころか、余計な仕事が増える羽目になっている。
だがマヤの善意がわかればこそに、邪険に突き放すことも出来ない……マヤは、困った女主人なのである。