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吼える月
第9章 代償
 

「お前の子を、我が孫としてユマに育てさせたいのだ。そうでなければ、お前とユマとの婚礼間際に離れ離れになるのは、あまりにユマが不憫でならぬ。だから仮祝言をあげてユマを……」


「……俺、はっきりと断ったはずなのに、なんで話が進んでるんだよ」

 サクの目が、サラに向かう。

 秘密裏で動いていたことを詰るような目だった。


 サラは顔を引き攣らせ慌てて街長に言う。


「街長、こんな状況です。婚礼話は白紙に……」

「するつもりはない」


 街長は即座に却下し、彼はユマに尋ねた。


「お前は、白紙に戻したいか? 別の男と……たとえば、お前に求愛しているタイラとかと結婚するか? いつ戻るかわからぬサクをやめて」


「嫌です。私は、サク以外と結婚する気はありません。サクを何年でも何十年でも待ち続けます。それは最初から変わらない。

……サク。私からもお願い。結婚しても縛りつけたりしないから、……私をサクのお嫁さんにして。サクの赤ちゃんが欲しい」


 ユマの悲痛な哀願が場に響いた。


「何度も言ったはずだ、ユマ、お前と結婚しねぇと」


 サクの口から発せられたのは、日頃のサクのものとは思えない程、冷たい声音。


 冷たい拒絶を受けたユマの顔に、怯えと悲哀の色が濃く滲み出る。


「サク、私はいつまでも待って……」

「待たれても迷惑だ。俺にとってお前は永劫に妹で、女としては見れねぇ。気持ちは嬉しいが、儚い夢は捨ててくれ。お前の元は、俺が帰る場所ではねぇ」

 それは男としては潔く、だがユマには冷酷で。

「……っ」

 ユマは目に涙を溜めて立ち上がり、ユウナを睨むと、走って部屋から出て行ってしまった。

 動いたのは、ユウナだった。

「ユマ、待って!」


「姫様は関係ない。俺が」

「お前が行けば、堂々巡りだ。……姫さん頼む」

「任せて、ハン!」


 サクは唇を噛み締めながら、街長の怒りを両親がなだめているのを、ぼんやりと感じ取った。

 ユマはサクが追いかけてくることを望んでいるだろう。

 ならばサクは行けない。

 ユマの未練を断ち切らせるのに、公然と突き放すしか……道がなければ。


「………っ」


 ユマを傷つけた代償は、どこまでも後味の悪いものだった。

 ……公然と、選ばれなかった痛みを知るからこそ。

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