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吼える月
第9章 代償
 

――お前の元は、俺が帰る場所ではねぇ。


――お前とユマとの婚礼間際に離れ離れになるのは、あまりにユマが不憫でならぬ。



「サク……っ」


 悲鳴の代わりに、唇から零れるのはサクの名前。

 救いを求めるのは、神でも悪魔でもなく……サクの名だった。



――……私をサクのお嫁さんにして。サクの赤ちゃんが欲しい。



 ユウナは頭を激しく横に振った。

 

「――こんなんじゃだめ。サクに頼り過ぎちゃだめ。こんなんじゃあたしは……サクを離せなくなる」



 自分がなにもできない姫だから。

 だからサクは、自分の幸せを捨てようとするんだ。


――私もまた、お前さんと共に、サクという息子を護ろうとしていたんだ。


 しっかりしなくては。

 サクがいなくても、地に両足をつけなくては。


 サクを支援できるユマのように、しっかりしなければ――。


 皆が皆、サクを護れる力があるのに。

 サクに温かい場所を与えることが出来るのに。


 ――自分だけがない。

 与えられるのは、どこまでも辛くて厳しすぎる現実だけだ。


 今の自分にあるのは、ただ……姫という地に堕ちた肩書きの偉光だけ。

 そんなものが通用するのは、自分が生きてきた小さな世界だけだった。


 サクが生きていた世界は、見知らぬことばかりで。

 その中に居る自分は、余所者で。

 
 姫という肩書きで、別世界からサクを縛りつけているのなら、せめて自分がサクにとって重荷にならない存在にならなくてはいけない。


 姫だからできること。

 姫だからできないこと。


 たとえそれが自分にとっては辛いことでも。


 サクに笑っていて欲しいから。


 だからまず自分が出来ることから始めなければ。
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