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吼える月
第9章 代償
 


「サクがいなくても、こんな痛みくらい……っ」



 地面に、先の尖った硝子の破片が落ちていることに気づいたユウナは、痛みをまぎらわせるために、破片を太腿に突き刺した。



「――くっ!!!」



 痛みが太腿の方だけへ集中する。


 なんて騙されやすい自分の神経。


 騙されやすいからこそ、利用価値がある――。

 それはリュカから学んだこと。


 実際の体の痛みを代償に、凶々しい月の魔力に煽られる……死にたくなるようなこの幻覚から逃れられる事ができるのなら。


 ……もう痛みを感じずともいい世界に、ずっと閉じ籠もっていられたのなら。



「あるの……? そんなところは」



 ユウナは泣きながら、空々しく笑った。


 そしてはっとする。


「ユマが逃げ込むのは……もしかして!?」


 それは、今日……サクに連れられ、ユマと初めて会った場所。


 饅頭屋と花屋の間の小道。

 サクがよく隠れていたという、サクの面影が色濃く残る秘密の場所――。


「ユマ!!」


 そこにユマが居た。

 地面に蹲り、ひとの気配を感じて……ぱっと嬉しそうな顔を上げ、だがそれがユウナだとわかると落胆した顔つきになった。


「……サクじゃなくてごめんね」


 ユウナは苦笑して、ユマの横に同じように腰掛けた。
 

「姫様、笑いにきたんですか?」

「いいえ?」


 心外なことを聞かれて、ユウナは即座に否定する。


「だったらサクに頼まれたんですか? 連れ戻せと」

「違うわ。夜風にあたろうと散歩してたら、ユマを偶然見つけただけ。よかったわ、迷子になりそうだったし、ひとりで散歩は寂しかったから」


 偶然散歩していたにしては、ユウナの髪は乱れて汗ばんでいた。
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