この作品は18歳未満閲覧禁止です
- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
吼える月
第12章 心願
「……心臓の音が……早い……」
不意に胸に唇を落としていた男が、顔を上げて上目遣いでユウナを見た。
長い前髪の隙間から見えるのは、挑むような黒い瞳。
ひきしまったその精悍な顔は、大人だけが持ち得るしっとりと落ち着いた……円熟した艶香を漂わせていた。
包み込むようで、強引に誘い込む……そんな危険な野生の艶をも介在させる男の顔は――。
「やはり少し……雰囲気が違うな」
「誰……?」
男の声とユウナの声が重なった。
ずきずきと体が痛む最中、恐怖と緊張にひりついたユウナの喉の奥。
目の前の男の顔は端正に整いすぎて、サクのものだとは思えなかった。
牡の艶と美貌にあてられ、心臓が騒いでしかたがない。
男は美しい顔を歪ませ、眉を潜めた。
「またそれですか。紙きれひとつで勝手に解雇していなくなった上に、俺を見ながらのそれは、新手の嫌がらせですかね? 知らないわからないと嘯くなら、何度でも自己紹介しますよ」
物言いは、サクのもの。
男は、誘惑するかのような艶めいた声で言う。
「俺はサク=シェンウ、19歳。今まで、とある国の姫様の護衛をやっていましたが、解雇されて現在無職。ただ今、洗浄係か治療係を求職中ですが、今ならもれなく護衛役もついていてお買得。
……いかがです、まずはお試しからでも、雇ってみません?」
ユウナは近づけられるその顔に息を引き攣らせて、無意識に体を強張らせた。
「さすがにそこまで不審者のように見られたら、傷つくんですが。姫様、もっと自己紹介必要ですか?」
「……っ」
「それとも、体にご挨拶した方がいいですか? 求職中の身の上、きっちりと宣伝しておかないと。特に忘れっぽい、薄情な姫様には」
男は、胸の白い肌の部分に、わざと大きい音をたてて吸い付いた。
その卑猥な光景と、男から漏れた恍惚とした声音に、ユウナは羞恥に体を熱くさせた。引いた血の気が一気に沸騰したようだった。
「わかった……からっ」
途切れ途切れの言葉。
どうして発声も、体の動きも思うようにいかないのか。
どろりとした鉛のような意識に、油断すれば囚われてしまいそうだ。