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吼える月
第12章 心願
 

「姫様、俺は誰?」

「……サ、ク……?」

「疑問系なのが気になりますが、まぁいいでしょう」



 拗ねたように唇を尖らせた男は途端、破顔した。



「姫様、長旅から……お帰りなさい」


 男の瞳は。

 情欲に濡れた瞳だというのに、その瞳だけは見慣れたもので。


 見惚れるほどに美しいその顔が綻んだ途端……そこにサクの面影を感じ取ったユウナは、思わず安堵に涙してしまった。


「――姫様っ?」 


 会えないと思っていたサクが傍に居る。

 組み敷いていたのがサクでよかった……。


 そう思った直後、ユウナは顔を赤らめる。


 いいわけがない。



「な、なんで……」

「ああ、姫様。意識が混濁してたんですね……? これは治療です。姫様の痛みを鎮めるための。ほら、こうして……」


 サクでありながらサクではないような男が、不意に笑みを顔から消して、少し気むずかしそうな顔をしながら、ユウナの胸の頂点に吸い付いた。



「……ぁ……」


 びくんと体が跳ねたのは、痛みのせいではない。


 目の前の男がサクかどうかの不安と緊張が、いつの間にか痛みに勝り、そしてサクの生気が澱んだ穢れを改善していっていることで、僅かずつでも痛みは薄れていた。

 その上に、快感――。


 痛み以上に注視すべき事柄が多すぎた。

 ……サクの導きによって、苦痛を感じさせる暇を与えられていないと言うことに、ユウナは気づいていなかった。


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