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吼える月
第12章 心願
 




 気持ちいい――。


 サクを胎内に収めたユウナの感想はそれだった。


 サクにより、身体を駆け巡る苦痛の自覚は緩和されているものの、穢れという発散の場と、痛みという形になることを禁じられた呪詛は、ユウナの体内にて不服気に籠る熱となっていた。


 その熱にのぼせた状態のユウナは、夢現の境に浮遊する意識を、ただサクの感触と、サクから与えられる快感だけで繋ぎ止められていた。


 サクしか感じられない世界。

 そのサクは妖艶な顔で……時折苦しげに、そして意地悪な顔でユウナの体を愛撫して、もどかしい快感を与えた。


 すべきことをしなければと息巻く理性と、現世の一切の憂い事を忘れて享楽に耽りたいとする淫らな本能が鬩ぎ合いながらも、ユウナが思い出すのは小さな頃のサクの笑顔。


――姫様、捕まえましたっ!! 俺の勝ちです。じゃあこの最後の月餅は俺のもの……なんて意地悪しませんから、そんなにむくれないでください。……はい、姫様。俺と半分こ。これならいいでしょう? ふふふ、美味しいですね、姫様。


 幸せでたまらないといったあの笑顔が、いつの頃からか苦しげに曇るようになってきたのはなぜなのか。


 あの頃の……サクが幸せそうに笑っていた時間に巻き戻せたら。



 それが、ユウナの幼児返りの原因だった。



――いいですか、姫様。これは治療です。


 だが幼き頃のサクを願っても、彼女と繋がるのは……子供とは思えぬ雄々しさと剛直さで彼女を穿つ、妖艶な大人の男。


 そこに逡巡や当惑はあるものの、その男の顔は……


――……ああ、俺……姫様と……。


 昔以上に幸せそうな笑顔で歓喜に震えるサクのものだと思ったら、繋がった部分がきゅんきゅんと疼いて、胸の奥にまで甘い快感を伝染してくる。


「……あたしも……気持ち、いい……」


 熱く蕩けそうな結合部分。

 入ってきた時は痛くて苦しくて、中が破けてしまいそうなほど獰猛だと思ったのに、今は自分の腹の中で大きく膨張して脈打ちながら、自分に馴染もうと従順だった。


 おとなしくても、確たる存在を主張する質量。

 無機的な異物だと嫌悪を抱かないのは、それがサクの一部だと思うから。

 自分の内部にて、熱に溶けずにしっかりと息吹くサクが、無性に愛おしくて、まるで子を宿した母の気分――。
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