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吼える月
第12章 心願
 

「姫様、治療ですからね?」



 追い打ちをかけるように、何度も何度も念を押す。


 どこまでも雄々しい外貌なのに、言葉はとても優しくて。

 険しい顔なのに、笑顔はどこかあどけなくて。


 サクの名残を見いだそうとするのは、サクであって欲しいと思う自分の願望なのだろうか。だが同時に、サクであって欲しくはないとも思う。


 サクは……そんな対象ではないのだ。

 サクは、"男"として意識してはいけぬ、もっと身近な存在なのだ。


 そして、そのサクから離れようとしている今、余計な思い出は……ただ辛苦の枷にしかならない。



 そう思うのに――。

 
 男が紡ぐ……治療という名の、男女の情など無縁な言葉は、どこまでも義務的で後腐れない言葉は、ユウナの心を容赦なく抉る。


 特別な関係になったというのに、特別な意味などないのだと。


――すみません、姫様。これは……"治療"には必要ないんです。


 唇を重ね合うことを拒絶されたことを思い出す。

 自分が求めた口からは、今も冷たいものしか吐かれない。


 "治療"。

 "治療"。


 どこまでも"治療"。



「覚えているでしょう、姫様」


 そして男は、狼狽するユウナに肩を見せる。



「これが、姫様が治療に耐えた……証です」



 歯形と爪痕。

 ……凄まじい、雌の痕。

 淫らで激しい情事の痕跡。


 途端感じたのは、それを男につけたのが自分だという自覚や、傷つけてしまったことへの謝罪の気持ち以上に強まった……羞恥心。


 ここまで、この男を求めた生々しい現実に、くらりとした。


――姫様、俺も……気持ちいいです。


 うっとりとした声が蘇る。


 自分はサクと。

 サクと……ああ、目の前に立つこの美貌の男と!!



――出て行きませんよ。姫様のナカ……こんなに気持ちいいのに。



 "治療"。


 そこには愛はない――。



 羞恥と悲哀が葛藤のように激しく鬩ぎ合う。

 うるさく鼓動する心臓が、今にも口から飛び出そうだった。



 ユウナは耐えきれず、走り出した。



 この男はサクではない。

 サクがここにいるはずはない。


 この男は、サクを騙った偽者だ――。




「ちょ……姫様、姫様!? ……なんで逃げるんですか!?」



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