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吼える月
第13章 献身
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黒陵国、武神将の住まう黒崙において、黒陵国の姫の言葉に心揺り動かされた民達が、姫とその元護衛を、国外に逃がすために考え出した案が披露された。
この街において、武器商が差し出す自慢の武器を扱えるものはひと握り。
最強の武神将は、その力の大方を息子である姫の元護衛に譲り、彼が持つ玄武の力は些少だった。とはいえ、それは内在していた玄武の力の大きさのこと。武術においては、右に出るものはいない。
だが彼が隻腕であること、そして相手が、輝硬石と呼ばれる特殊な素材の武具を身に纏っているだろうことを思えば、特殊な力で対抗出来ないのは痛手だった。
軟弱な街の民には、鍛錬の代わりに、長年この土地の民として生きてきた知恵がある。
彼らの、敵の兵力をそぎ落すために用意された案は、洗練されたものではなく、田舎者じみて滑稽なものだったが、馬や武器で闘い慣れた武神将の目にはそれは"奇策"として新鮮に映り、いくつかの問題点を修正するに留めた。
最大の難点は準備に時間がかかること。
もうひとつの問題は、黒崙の南東に位置し、切り立った崖の真下にある港に続くふたつの道のうち、どの道を渡らせるかだった。
南にある湖を回り込む道か、東の玄武殿目前に南に斜めに抜けるものか。
武神将は息子に決めさせた。
そして――。
その道のひとつ、封鎖のために設けられた近衛兵の駐屯所にて、黒陵国の姫だと告げる若い女が、付き人の女と共に現れ、玄武殿まで連れて行けと言う。
そして同時期、もうひとつの道の……同様の目的で設けられた駐屯所に、やはり黒陵国の姫と名乗る若い女が付き人の女と共に現れ、玄武殿まで連れて行けと言った。
緊急で設けられた上に、新たなる武具すらまだ配給されていないこんな早い時期、駐屯所にいたのは実戦経験もロクにない雑魚兵。
捕縛命令が出されている姫をよく知るものはいなかった。
女の言葉のままに玄武殿に連れていいものか困り果てた兵達は、まずは自らの上官指示を仰ごうと、早馬を駆けさせた。
その上官達は今し方、玄武殿の主に、少なくとも姫に関して勝手な判断を慎むように言われたばかり。
玄武殿に通達がいくのは、それからさらに後だった――。
~倭陵立国史~
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