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吼える月
第14章 切望
サクがすっと動く――。
しなやかな肉体を横にそらせるようにして、奇妙な……生ける屍が伸ばしてくる鋭い爪を避け、そして片手で剣をくるくると回して一閃。
両腕を切られたそれが地面に転がった。
「サク……死んでないわ、それっ!!」
だがそれは、歯だけをガチガチと鳴らして、今にも噛みつこうとする勢いを衰えさせてはいなかった。
まるでそれは、ひととしての理性だけを壊された……魔物の本能で生きながらえているかのように。
サクは躊躇うことなく、死斑が見えているその首を切り落とす。
それでも、サクに向ける歯をかち鳴らす音は止らなかった。
「姫様、餓鬼が……現れたんです。やはり、餓鬼に食われた者は、餓鬼の仲間入りをしてしまうようですね。姫様も、"ひもじぃ"とか"きぇぇぇぇ"の仲間にならないように、気をつけて下さいよ」
「ひっ、ひっ!?」
ユウナはサクに斬られて地面に落ちたそれの手の指が、いまだぴくぴくと動いてこちらに動いてきそうなのを見ると、恐怖の声を上げた。
「餓鬼がどこから湧いてどこへ消えるのかわからねぇですが、犠牲者が兵士だけとなれば、そこいらの駐屯地を襲われたんでしょうね。ああ、遠くにそれらしき野営の天幕が見える。こんなところまで兵士達はいたのか……」
うるさい頭部と手を剣で思いきり上から突き刺せば、びくびくしていたそれらは、やがて動かなくなった。
「餓鬼化途中なのが幸いしたか……。だとしたら、完全餓鬼になれば、ほぼ不死身……。親父の言っていた通りか。玄武の力でなければ倒せねぇと」
「サク……まだいるわ。あっちも……こっちも、草が動いてる……。三、四……六体!? 皆……食われかけた兵士達よ!?」
どれもこれもが、明らかに食われたことがわかる……凄惨な肉の塊。
サクとユウナを目にして、変わりゆく虚ろな表情から読み取れるのは、苦痛や悲憤などではなく、サクとユウナを餌として食いたくて仕方が無いという、極限の飢餓にあるような、異様な瞬き。