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吼える月
第14章 切望
「ほぅ。その妻は、なんとも愛らしい。余の愛妾にでもなるか?」
「否」
サラは毅然と拒否しながら、喀血するハンの背中をさするが、その手はかたかたと震えている。
口を拭い、震えるサラの手を取り安心させるようにぎゅっと力強く握るハンは、妻を怯えさせる金色の男を睨み付けた。
「お前か……。さっきから俺の邪魔をしてたのは」
敵意を剥き出しにした、殺気を迸らせて。
ハンはわかった。
餓鬼が道を空けるこの男こそが餓鬼の頭領であり、サクを追いつめた……真なる"魔に穢れし光輝く者"であることに。
「お前がサクの四肢を砕き、姫さんを凌辱し、リュカを唆(そそのか)した野郎か」
それは……武神将としての直感。
「余はリュカを唆してはおらぬ。あやつは自らの意志で、余を目覚めさせたのだ……」
「目覚めさせた……?」
ハンは警戒に目を細め、嘲笑うかのように口元を歪ませる。
「おいおい、自分を神かなにかとでも思っているのか? そこまでお前はお偉いのか、"魔に穢れし光輝く者"よ」
「なにが魔なのか判別できぬ人間如きに、答える筋合いはない」
くつくつ、くつくつ。
金の男は喉もとで笑い始める。
挑発に乗らず、逆にハンの様子を楽しんでいるかのような余裕さ。
こちらのペースに引き込めないハンは、心で舌打ちしながらも、口もとだけで笑いを作り、どうにか自分主導で持ち込めるようにと心砕く。
感情を引き出せばいい――。
ハンの直感が告げている。
それが怒りでもいい、この余裕めいた仮面を引き剥がしさえすれば、この……戦う前に感じている多大なる"敗北感"くらいは改善できる。
隙を作れば、サラだけでも逃がしてやれる――。
ハンは感じ取っていたのだ。
この男は、餓鬼に生きながら食われる以上の残酷な死を与えるだろうことに。それはハンにとっては、サラがいたぶられることだ。
サラはハンのためなら、食われるにしろ凌辱にしろ、その身を捧げるだろう。それはサクを助けようとしたユウナのように。
それがわかればこそ、それだけはサラにはさせたくなかった。
だから――。