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吼える月
第4章 回想 ~崩壊~
 

 なにか言いた気なユウナを遮るように、サクは目を擦って立ち上がった。


「よしっ!! じゃあ俺はこれで失礼します!!」


 そして祠官の返答も聞かずに、一方的に一礼すると退室してしまった。


「サク!?」


 追おうとしたユウナを引き留めたのは、強張った顔をしたハンだった。


「ここは俺に任せてくれ、姫さん。

その前に――サクの父親として、ひとつだけ俺に聞かせて欲しい。

姫さんは、相手はリュカがいいと即答しなかった。迷う要素があったのに、サクを選ばなかった理由はなんだ?」


 ハンの瞳同様、リュカの瞳が揺れる。


「サクは、姫さんにとっては"護衛"以外のなにものでもないのか?」


 ユウナは困ったように眉尻を下げて言った。



「……お父様とお母様は、愛し合って結婚されたというのに……会えない時間が多かった。時には何ヶ月も会っていない時もあった。夫婦なのに。

病弱なお母様は床に伏せながら、お父様はお仕事なんだから仕方がないと悲しそうに微笑んでいた。お母様の死に目にも、お父様は間に合わなかった……。ずっとお母様はお父様の名を呼んでいたのに……」


 祠官は無表情で、ただユウナを見ていた。

 ハンに訴えるユウナを。


「あたしにとってサクは護衛以上の、家族を超えた大切な幼なじみなの。

あたしはサクといつも一緒だった。だから会えなくなるというのは考えられない。これからもサクとずっと一緒にいたいの。

サクが夫になるのか護衛のままか、そう考えたら……。

サクが護衛のままなら、今まで通り一緒にいられるでしょう?」



 ユウナの真摯な瞳は、切実に訴えていた。



「ねぇハン。これであたしは、この先もずっとサクと一緒にいられるわよね?」


 サクと離れたくはないのだと――。


 ハンとリュカの顔が、沈痛な面持ちとなる。

 静まり返った空気を切り裂いたのは、祠官だった。


「私と武神将が証人。今ここに、娘ユウナとリュカの婚姻、整いたり!」


 場の空気にそぐわない、やけに揚とした声が響き渡る。


「ああ、めでたい。本当にめでたい、そう思わんか、ハン! あはははは!」


 息子の心痛を思えばこそ、悪意を含んだ祠官の笑いがハンの神経を逆撫でる。

 だが最後まで取り乱さなかった息子のために、ハンは唇を噛み締めるだけに留めた。
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