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吼える月
第15章 手紙
ふたりが乗った船は無事に出航する。
彼らにとって、住み慣れた自国から吹く潮風をこうして船上で感じるのは、これが最初だった。
船が港が離れるにつれて、感慨深いものがあり……ユウナは嗚咽が漏れそうになるのを必死に堪えた。
泣くな、泣くな。
泣けずに逝った者達の無念さを忘れるな。
自分だけが生き長らえて自国を捨てて逃げようとしているこの現実を、この屈辱を……絶対忘れるな。
この国の姫として、強くなって必ずこの地に戻ってこよう。
必ず――。
ユウナは心に堅く誓った。
そう、ハンとサラにも約束したのだから。
律儀にも近衛兵達は横一列勢揃いして、頭を垂らして畏(かしこ)まり、サク達の旅路を見送ってくれているようだ。
他の船客達は、近衛兵に礼を尽くされたこのふたりの、質素な外套から伸びた雨除け帽子で隠された顔をひと目拝もうと、興味津々と遠くから眺めているが、帽子越しから光るサクの目の威嚇に恐れをなして一定距離以内に近づいてはこれない。
そのため、他の船客と接せずにはすんでいるわけだが、そんな奇異な目を向けられているとも気づかぬユウナは、暫し近衛兵達に手を振り返していた。
やがて潮風が強くなり帽子が脱げてしまいそうになり、ユウナは、甲板の上に座り込んでなにやら取り出した手紙を拡げて読み耽るサクに、苦笑して声をかけた。
「なんだかよくわからないけど、助かったわね、サ……」
言葉を切ったのは、サクが肩を震わせていたからだった。
その手紙に視線を落とすと、それはハンの字であるとユウナはわかった。
さきほどサクが流した涙――。
それとなにか関係があるのかと、手紙を読もうとしたとき、サクは片手でそれをくしゃりと丸めてしまう。
「……すみません、姫様。これは男同士の内密な手紙なんで」
その声もまた震えていて。
悲しげに笑うサクの顔が見えた。
男同士――。
それはユウナが近づけない領域。
それでも……。
「あたしじゃサクの役には立てないの?」
踏み込みたいと思うのは、罪なのだろうか。