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吼える月
第16章 船上 ~第2部 青龍の章~
『………。そこまであの姫に惚れておるのか』
「ああ。ようやく姫様に告白できたんだ。ようやく俺は出発できた。これを第一歩に俺は進みてぇ。だからここで頓挫するわけにはいけねぇんだよ、男として。姫様に手は出さねぇけど、だけど諦めていた……また昔みたいな、姫様が婚約する前の、"選んでいない"状態のような、またふたりきりの時間をもてたのなら、昔とは違う時間を進めてぇんだよ。
今度は、後悔したくねぇんだ。もうあんな辛い思いしたくねぇ。結局俺はなにもせずに勝手に引き摺り、警護を怠り……あの夜を引き起こしてしまった。もう二度と繰り返したくねぇ」
『………』
「武神将としてやることはきっちりとやる。これは俺だけの問題じゃねぇことも自覚してる。だが俺にとって姫様は、武神将並に重要で大切なことなんだ。姫様を想う心が力になる。俺、絶対強くなるから……」
『……ふぅ、あいわかった。聞いていて恥ずかしい惚気言葉を真剣に放ちながら、そんなウルウルとした目を我に向けるな。我は慈愛深い神獣ゆえ、小動物に弱いのだ』
どう見てもサクより小動物の白イタチは、ため息をつく。
『あれだけの量を、丸1日で終えた……その脅威的な集中力と身体力は認めてやろう。幾ら我が小僧の身体を、武神将としての力に耐えるように事前に改革したとしても、まだ馴染まぬだろう今の段階で、これだけの早さでやりきったことに対して、我も評価せねばならぬ。
だがその起爆剤となったのが、姫との仲を邪魔されたくない……だけとは嘆かわしい。それを怒れる我に素直に告白するのもまた、浅はかで嘆かわしい。ひとなら、もっと気の利いた言葉があるだろうに。それでも、この小僧がどんなに馬鹿であろうと、馬鹿すぎる正直ものであろうと、どんな苦境も乗り越える小僧の心身の「可能性」に興奮してしまう我が一番嘆かわしい。ああ、嘆かわしや』
さめざめと……イタチが泣く。
……という真実の風景を、ユウナがわかるはずもなく。
床にちょこんと座っている亀に向かい、汗まみれで病的なまでのやつれを見せているサクが、元気よくびしぃっと指を突きつけでなにやら威張り腐っている……ようにしか見えない。