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吼える月
第16章 船上 ~第2部 青龍の章~
がやがやと騒騒しい商人達の輪の中でひとり考えていたサクの耳に、ユウナのか細い声が届いた。
「にょろにょろ……? にょろにょろの性格ってなんだろう。やっぱりにょろにょろ?」
海を見つめてなにを言っているのやら。
思わずサクから笑みが零れた。
すると頭を小突かれる。
「さっきからちらちら、ちらちら。自慢の嫁に今さら見惚れるんじゃねぇよ。まだヤリたりねぇのか、がはははは」
「本当にお前、嫁にベタ惚れなんだな。若いってすごいな、俺なんて冷めちまって、夜の床も別々にされちまったぜ。かーっ、青春はいいなぁ!!」
ユウナの動きを目で追っているのは――。
護衛としての長年培ってきた当然の姿勢であると共に、サク自身の心の動きが露わになりつつあることを示していた。
今まで隠匿して我慢していた心が、止らなくなっている――。
そのことをサクは自覚していた。
潮風に揺れる長い黒髪。
憂えた横顔。
陶磁のような滑らかな白肌は少しこけ、愛らしい桜貝のような唇はいつものような生き生きとした生彩は失われている。
ただひたすら海を見つめ続ける黒曜石のような黒い瞳は、望郷の念に駆られているかのように寂しげなものだった。
儚げで頼りなげで……抱きしめたくなる。
物怖じすることがない勇ましい面を見せると思いきや、変なところが臆病で。勝気で我が儘だと思えば、妙に素直で殊勝な面を見せる姫。
身体を張って自分を庇い、黒崙で皆を説得してくれた……愛おしい姫。
昔から、いや昔以上に……愛おしくてたまらない美しい姫――。
――お黙りなさいっ!!
黒崙での、あの時の感動は今でも克明に思い出せる。
――神獣玄武に誓って……このユウナがここで断言する。
――これはリュカの奸計!! 弾劾すべきは、すべてを仕組んだリュカであり、サクに断じて非はない!!
ああ、今でも――。
普段の彼女らしくないあの気概を見せたユウナを思い出す度に……
なんでそこまでしたのかを考える度に……
身体が……心が、沸騰しそうでたまらなくなるのだ。
護るべき主に護られた……それを恥じ入る以上に。