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吼える月
第5章 回想 ~終焉そして~
漆黒の空に浮かぶ、凶々しいほど赤く染まった満月――。
不吉さしか感じさせないこの月を、興味深げに眺めようとする者はいなかった。
見てしまったら、なにかが起きる……そんな不吉な感染の予感に捕らわれ、国民は家の窓を戸板にて覆い隠してしまう者がほとんどだった。
今夜を乗り切れば、きっといつも通りの安穏とした日々が戻る――。
それを願うのは民だけではない、黒陵の警備兵もそうだった。
こんな日に、最強の武神将が不在という不安。
ユウナ姫の婚礼は明日だということをわかっていながら、早く戻ると言い残したまま、よりによって警備兵の強者を連れて出て行ってしまったハン。
その息子であり未来の武神将と名高い、ハン代理兼隊長のサクは残っているとはいえ、それでも心の拠所となる"最強"の称号が身近にあるのとないのとでは勝手が違う。
なぜまだ帰れないのか。
なにか、不測の事態が起きているのではないか……。
不安、猜疑心が凶夜に渦巻いていく。
予言において、倭陵を滅ぼすとされる"異端者"が、どの国のどこから侵入するとは言及されていない。
黒陵国ではない可能性が高い。
倭陵を鎮護する祠官や武神将達がこれだけ前もって準備して尽力していたのだから、予言が遂行される可能性は極めて低い。
しかしそれはすべて、可能性の話。
今夜を乗り切り、すべてはただの取り越し苦労の妄想だったと笑う明日を願うために、玄武殿の内部に続く罠の迷路の入り口を護る衛士達は、いつも以上に陽気だった。