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吼える月
第16章 船上 ~第2部 青龍の章~
「じゃあどうして?」
サクが顔を近づけてきて、不安げな顔で覗き込んでくる。
「なんで泣いているんです?」
「それをしたら、サクはあたしから逃れられなくなるわ」
「……はい、わかってます」
サクに浮かぶのは、泰然とした表情。
「サク。武神将と祠官の儀式は、次代武神将が出現しない限り、無効にできないとハンから聞いたことがあるの。後で後悔しても遅いのよ。もっと慎重になって。幾ら今、あたしはサクの手を必要としているからとはいえ、あたしはサクの一生までを縛るつもりはないわ。そこまで分からず屋ではないつもり」
「だったら分からず屋になって、俺の一生を縛って下さい」
「サク!!」
「儀式を取り消すことができないのなら、願ったり叶ったり。俺が心からそうしたいことに、なにを慎重になる必要がありますか」
サクの意志は堅かった。
だからこそ、余計にユウナは焦る。
「それに武神将というのは、国を守れる立場の主につくのが常。サクはハンを超える武神将になるわ。燻らせたくないわ。サクをもっと広い舞台で活躍させたい。
仮に儀式が成功したとしても、あたしが主では役不足よ。あたしにできるのはせいぜい護衛役を命じることぐらい。玄武なんて必要ない」
サクはいずれハンの後を継いで武神将になると昔から思っていた。
武神将が命を預けるのは国を統べる祠官。
国の至宝たる武神将だからこそ、それに見合うだけの立場のものに仕えるのが正当なのだ。
リュカと婚約が成立したならば、いずれサクは武神将としてリュカに命を捧げて支える。そして自分はあくまで護衛役としてサクを傍におこう……。
ユウナが所望していたのは、武神将のサクではなく、今まで通りの護衛役のサクであり、玄武の力やサクの命まではまるで望んでいなかった。ただ気心知れた大好きなサクに、傍にいて貰いたかっただけ。
だが今サクは、護衛役ではなく武神将として"忠誠の儀"をしたいと言う。聡いリュカ相手ならまだしも、世間知らずの自分に、だ。
己の未熟さを思い知るユウナにとって、武神将の要請に応えられるだけの器がまるでないというのに、その自分に簡単に命を委ねると言うサクの申し出は、簡単に受け入れられるものではなかった。
思い止まらせるのが、ひととして正しい。