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吼える月
第16章 船上 ~第2部 青龍の章~
「あのね、サク……これ」
「行きましょう、イタ公がまだ見つからねぇんで」
「ちょっと待って。これね、サクに……」
サクは、照れたように腕輪を見せようとするユウナの手を掴んでスタスタと歩いた。
いつものようにユウナに歩幅を合わせることなく、その長い足は苛立たしげに大きな歩幅で移動し、ユウナはついていくのがやっとだった。
――あっちゃあ。ワケあり夫婦だったのか。そんなに睨まないでよ、旦那さん。ええと……サク、さんだっけ?
サクは、少年が言った"旦那"のことを問い質しもせず、
――いや……困ったな。僕、仲違いさせたいわけじゃなくて。参ったな…。やっぱり僕のミスだよな。あんた達は"例外"だね。極上だけど。
その真意を確かめることなく。
――お姉さん、これ……倭陵で高級でされてる蜂蜜あげる。せめてものお詫びに。これ舐めて仲良くなって。あ、だけど少しずつ舐めてよ。いい? 少しずつだよ!! これ、貴重なんだから。
手渡された小瓶をユウナがきちんと受け取ったのかも確認もせず。
――ちゃんと部屋に鍵かけてよ。どんな音がしても、開けちゃ駄目だよ。まあ開けるほどの余裕もなくなるはずだけれど……。
意味深な言葉に、警戒心を抱くこともなく。
昏い昏い、嫉妬と深い悲哀の翳り。
端正な顔にはさきほど見せていた子供じみた歓喜の色は消え、変わって堪え忍ぶ大人の表情が浮かんでいた。
船中、部屋に置いたはずのユウナの声が聞こえた。
誰か、別の男の声がした。
だから慌てて探しに来たのだ。
そして見つけた時、ユウナは泣いていた。
ここにはおらぬリュカの名を叫んで。
……息が詰まった。
自分を魅了していたあの長い髪を。
黒であり銀である…そのどちらの色も魅惑的な武器に変える、美姫と名高い姫の、女の命とも言えるその美しい髪を。
床に散らして、叫ぶのはリュカの名で。
慟哭のような激しさで叫ぶユウナの姿は、サクの目には……、恋偲ぶ女としか見えなかった。
そこでサクは勘違いをしたのだ。
少年が無理矢理にユウナの髪を奪い、女として助けを求めたのは、ユウナにとって一番の"男"である、リュカなのだと――。