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吼える月
第17章 船上2
 

「リュカの思惑は私怨だけだったのかしら。祠官になってお父様の力を手に入れることだけが目的だったのかしら?」


 それまで考え込んでいたユウナが、ふと言葉を漏らした。

 サクと同じようなことをユウナも思っていたのだった。


「あたしは、黒陵が堕ちたことばかり注視していたけれど、考えてみればお父様が死ぬことにより、あの忌まわしい夜の結界は失敗に終わったわ。黒陵のせいでこれから、倭陵全体に滅亡に至る危機が訪れる……予言通りならば。

もしもリュカの思惑が、黒陵に留まらず倭陵全体に及ぶ"予言遂行"であったのだとすれば? 謀反の目的はお父様を殺して黒陵の祠官になることだけではなく、予言を阻む結界を壊すことも兼ねていたのだとしたら? あたしの知る…用心深いリュカなら、黒陵の結界が守られた万が一のことを思い、代替案を用意していると思うわ。

蒼陵において、ジウ殿がおかしくなって狂行に及んだのは、リュカと同じく、赤き月の予言前。もしリュカが事前になにか噛んでいたのだとしたら……結界を不成功に終わらせるための保険とも言えなくないわよね」


 サクはユウナの発言に目を細めた。


「結果――あの夜、結界を作れなかったのが黒陵だけではなかったのだとしたら? ああ、リュカがあたし達を見送ったのは、蒼陵がこんな事態だとわかっていたからなのかしら?」


 ユウナが初めてリュカのことを客観的に冷静に分析を始めたことに、サクは息を飲む。


 今まで散々口にしていたリュカという名前が、今は気楽に口に出せない……禁句のようになっていたふたりにとって、ユウナが自らリュカの名を呼ぶのは、愛おしさが堪えきれない時だけだとサクは思っていた。

 客観的な判断をしたくとも、どうしてもそこには、ユウナを介した主観が入り交じる。どうしても、断ち切れぬ友情も入り交じる。

 だからサクは、ユウナの前で気軽にその名前を呼べなかった。

 そして普通の時のユウナも、わざとらしいほどリュカの名前を呼ばなかった。恋情と、薄情だと思い込む罪悪感の板挟みになって。

 それが今はどうだ?
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