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吼える月
第5章 回想 ~終焉そして~
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「シュウ?」
サクは、副隊長の声を聴いた気がして、後ろを振り返る。
だがそこには人影はなく、ただ暗闇が拡がるのみ。
その静寂さが、警鐘のように心臓をけたたましく鳴らす。
「あいつは強いんだ。大丈夫……信じろ」
やけにどくどく脈打つ心臓は、不吉な予感などではないと自分に言い聞かせて、サクは走る。
迷路を通らずして、屋敷に入れる道は単純な一直線。
とはいえ、茂みに覆われたわかりにくい場所に入り口が隠されている上に、地下道を潜ることになる。
ここは緊急時以外、原則拓いてはいけないとされる、玄武殿の避難道。
迷宮を通らずして行き来出来る道があるということを知る者はいても、所在や形状など具体的なことを知るのは、ひとにぎりの者のみ。
凍えるような冷気が漂う地下道で、サクはぞくりとしたものを感じた。
壁にある松明に火をつけてあたりを観察する。
埃具合などを見ても、外部から侵入された形跡はないように思えた。
万が一のためにと据えられていた武器もそのままであり、サクは馴染みある大ぶりな偃月刀を手にして、玄武殿敷居内の離れまで駆けた。
そして抜け道の終焉である分厚い鉄の戸を押し開けると、流れ込んできた屋敷からの空気に、サクは思わず顔を顰めた。
生臭い血の臭いが充満している――?
慌てて中に入れば、離れは――
「なんだこれは!?」
血の海だった。
離れは、身元が明るい祠官の側近や従僕などが住まう場所だが、独身に限定される。
かつてハンもここに住んでいたらしいが、サラとの婚儀を契機に一軒家を与えられ、サクはそこで生まれ育った。
今、サクの目の前には――喉もとを一太刀で掻き切られた、多くの屍達が壁に、床に……積み重なるようにして死んでいる。