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吼える月
第5章 回想 ~終焉そして~
ただ、父に挨拶をしようとしただけだった。
しかしユウナが部屋を出て、目に映ったのは……生気を失った骸の数々。
悪臭漂わせて、真っ赤に染まる……廊だった。
まるで悪夢の一場面。
屍に似せた傀儡が横たわっているかのようにも思えた。
あまりの現実感のなさに、ユウナは呆然とした。
思いきり頬を叩いてみたが、景色はなにも変わらない。
ただ、痛む頬に生理的に涙がひと滴零れただけ。
「な……に……?」
その中には、先ほど、意味ありげに笑いながら温かな茶を運んできた古参の侍女も居た。
――ユウナ様。殿方に全てをお任せするのがコツですよ?
――そりゃあ、人払いしてあれだけ長く湯浴みに浸かっていれば。
真っ赤になって部屋から追い出した……彼女を見たのはそれが最期。
彼女は、ユウナの部屋に向け手を伸ばした格好で倒れていた。
駆けつけようとしてくれたのだろう。
それでも彼女の声が届かぬほど、別のことに頭がいっぱいだった自分は、彼女の命の危機に駆けつけることも出来ず。
彼女が入れてくれた最期の茶も飲もうともせず――。
「――っ」
ようやく、現実感が伴った。
乱れた息と共に、凄惨な震えが体を支配する。
ガクガクする足を堪えて、ユウナは涙を流す。
「ごめんね、ごめんね……」
本当はひとりひとりを手厚く弔ってあげたいけれど。
ひとりでは体が動かない。
いつも隣にはサクがいてくれて、そしてリュカがいてくれて。
こんな時は手を差し伸べてくれた。
だけど今居るのは自分ひとりで……。
「ごめんなさい」
ただ頭を下げることしか出来なくて。
彼らを護れなかったくせに、彼らが使うことのなかった小刀を抜き取ることしかできなくて。
ユウナは気づいたのだった。
紫宸殿に続く戸が開いていることを。
「お父様が、危ないっ――!!」
ユウナは駆けた。
紫宸殿の祭壇の間にて、術を施しているはずの父のもとへ。