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吼える月
第18章 荒波
あの巨大な怪物がどう反撃に出るかはわからないけれど、ひとは未知なる力の存在を認識した時、そちらの方を現実的な畏怖とする。
なによりも、仲間を見殺しにしても助かりたいという子供達の心を粛正したかった。……それが外的作用によるものを起因としていたとしても、小さい体ながら自分を護ろうとしてくれたテオンとイルヒを、悲しませたくはなかった。
辛い境遇を送った仲間同士が、彼らを護る神獣を理由にして、仲違いだけではなく殺し合う姿を見たくはなかったのだ。
神獣の加護は、常にある――。
その証明をするために、ぎりぎりまでサクの名を呼ばずにいた。
自分が神獣の存在意義を唱える以上、より効果的な演出をさせるために、より自分が苦境に陥っていなければならなかった。
サクとのタイミングが狂えば、すべてが水の泡。海の藻屑。
それでもユウナは信じていた。サクは絶妙な具合で必ず来てくれると。
同時に、神獣の神聖さを私情で利用しようとする自分を恥じてもいた。恐れ多いことをしでかしている自覚があった。
だがサクを通して感じる水色の光は、どこまでも彼女に慈愛深く。
なぜ今まで見ているだけのものが、突然体感できるまでになったのか、その変化の理由を追及することもなく。
ただ許されたからと感じ取ったユウナは、感謝の祈りを続ける。
「神獣玄武。あたし達に力を貸して下さり、ありがとうございます……」
……船上より、それを満足気に見守る新生玄武がいることを知らずに。
海水はサクとユウナを中心に渦巻き、螺旋状にゴゴゴと轟音を奏でて派手に上方に巻上がり、そしてふたりと船を護るような円蓋を象った。
それは今まさに牙を剥いて飛び上がった魚の群れも、そして獲物が光に覆われたのを苛立つ巨大な怪物の攻撃すらをもはじき飛ばし、逆に光度を強めた水色の内に取り込んでいく。
誰をも震え上がらせた、外敵の輪郭が薄れていく――。
「ふぅ……。船を壊さないような"あいつの技"、見よう見真似の即席でなんとかなってよかった……」
そんなサクの声と共に、水色の光と水で覆われた天は……、今まで通りの蒼穹へと変わり、ただ波打つだけの蒼海に戻った。