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吼える月
第5章 回想 ~終焉そして~
煌煌とした赤い満月が、一段と凶気を増したように思えた。
月明かりに照らされたその顔は、昔からよく見知る幼なじみの持つものであり、今夜部屋に忍ぶと囁いた男の持つ造作と瓜ふたつだというのに……、
「違う……。リュカがこんなことをするわけはない」
返り血をつけたその顔には生気がなく、その目には狂気に満ち。
にこにこといつも優しく微笑んでいたリュカではなかった。
リュカという器を持つ、まるで別人のようだった。
「お前はリュカじゃない、リュカじゃないっ!! 優しいリュカが、こんな恐ろしい残酷なことをするはずないわっ!!」
官人となるより前に、父に可愛がられていたではないか。
今は自分よりも、父と一緒にいることの方が多かったじゃないか。
いつも柔らかく微笑んで、昔ずっと自分が独り占めしていた笑顔を、父に向ける時間を多くしていたじゃないか。
「残酷なのは……この世の方だ」
美麗な顔を歪ませて、リュカを名乗る男は酷薄に笑う。
その双眸に月にも似た狂気を宿らせて。
それは自嘲という表情にも似ていた。
ユウナの記憶にある穏やかなリュカの色は、なにもなかった。
ただ器が同じというだけで、どこまでも凍えきった男のもつものだった。
だから――。
「……お前は誰よ。本物のリュカはどこよ!?」
ユウナは忍ばせていた小刀を男に向けた。
「僕に刃を向けるのか? 僕の本性を見抜けずして、僕を夫に選んで」
男は喉もとで笑い始めた。
「そして今夜。僕の好きな金木犀の香りを纏って僕に抱かれようとしていたわけか。なにが起ころうとしているのか知らずして……」
男は座ったままのユウナの黒髪を手に取ると、身を屈めるようにして匂いを嗅いだ後に、愛おしげに唇を落とした。そして上目遣いでユウナを見る。
「ん……いい香り。今ここで君を抱きたくなるよ」
残忍なほどに艶めく眼差しに、ユウナはぞっとした。
体の動きを奪って闇の底に引き摺り堕とす……
これは魔性の誘惑だ――。