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吼える月
第19章 遮断
 

 目の色こそ黒いが、"シャー"の一歩手前のような、なんとも不気味この上ない吊り上がった目と口を見せ、「いっいっいっ」と奇妙にしゃくりあげる、自称笑い……らしきものを見せたイタチ。


『はよ、はよ。いっいっいっ』

「……は…はは……」


 元気でよかったとの安心感をえられたわけでもなく、空耳であって欲しかった……寒すぎるおかしなだじゃれをご満悦のイタチに、共感することも出来ず。

 サクは、多分……視界の上端にて、変顔で抱腹絶倒しているのだろうイタチに、引き攣った顔での乾いた笑いを見せることしか出来なかった。

 段々と神獣どころかひとを通り越して、限りなく"魔"に近づいているような…この珍妙すぎるイタチもどきとの自分の未来を密かに憂う。
 

「イタ公。お前、そんなことを言う奴じゃなかっただろう? 急にどうした?」

 一応は、"不自然さ"を遠回しに訴えてみる。

 イタチ曰く――。

 子供のひとりが、だじゃれを連発していたらしい。周りの反応はどうだったかはわからないが、食欲を満たすために走り回っていたイタチは、偶然にもそれを耳に留めて笑い転げ、ネズミを何度か取り逃がしてしまうほどに興に入ってしまったらしい。

 
 神獣の感性は不可解で不可思議なものだと、サクはため息をつきながらも、ハンがやけに笑い上戸であったのは、隠れ笑い上戸の玄武の血を引いているからかもしれないとまで思った。


 そして彼自身は――。


 誰かを笑うというよりは、いつも誰かに笑われている気がして。

 なんとも釈然としないもやもやを心に抱えた。


「イタ公。お前笑う時は、俺の前だけにしろよ」


 こんな化けイタチの顔をユウナが見れば卒倒しそうだ。彼女がイタチを視覚化できるのは、擬似的にでも交わった証拠。事後怯えられたら幸せ気分も半減する。


『姫にも見せたくないほど、そんなに愛らしいか、我の笑い顔は。まあ、当然だろう。我は神獣の中でも美しいと……』


 すべてを聞き流しつつ、サクは再度尋ねる。


「で、なにか"異常"を感知してるのか?」


『あそこに近づくにつれ、気が激しく乱れておる』


 サクの右肩に立った白イタチは、小さな手を向けた。


「あそこの……あの根城に、なにか原因があるのか?」


 次第に輪郭を明瞭にし始めた、船の目的地に向けて。



 
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