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吼える月
第22章 不穏
「姫様に手を出すなよ。出せば、俺がお前を殺す。お前が見たがっていた玄武の力で、これ以上ないというほど無残に殺してやる」
それは日頃サクが見せたことのない、悪鬼の如き形相。
そこには冗談の色が見られなかった。
先ほど皆を怯えさせたギルが、今度はサクに怯えて恐怖を体現するほどに。
それほどにサクの殺気は凄まじいものだったのだが、それを自覚していたサクはあえて身体を捻るようにしてユウナの死角をとり、その顔を彼女と……後ろに黙って座っているテオンとイルヒに見せまいとした。
サクの顔が見えるのは、ギルとシバだけ。
そしてシバはギルとは違い、やけに冷ややかな顔つきだった。
「シバ、お前もだ」
他人事のように思っていると感じたサクが、シバを標的に威嚇すれば、僅かにシバの片眉が跳ね上がった。
「私情では使わないと言っていなかったか?」
それでもシバは、サクの殺気を薄く笑って受け流そうとする。
シバは、我を忘れればどこまでも挑発に乗る扱いやすい男でもあるが、それは武神将の血が共鳴するがゆえの、ここの連中にとってはありえないほど稀すぎるものであり、普段は泰然とした態度を崩さないのだろう。だからこそギルが信用しているのだと、サクは思った。
「私情じゃねぇよ。これは……公儀だ」
「随分と都合良く解せるものだ。ものは言いよう、私情も公儀も同義か」
嘲るような笑いを、サクは挑発的に返す。
「ああ、俺にとってはユウナ姫以上に愛する主人はいねぇ。……聞いていたんだろう、たっぷり。なぁ……シバ」
「なっ……」
サクの顔は到底従僕が持ち得るものではなく、愛しい女を誰にも渡すつもりはないという、ひとりの男としての滾る情に溢れていた。
言葉の意味することを悟ったシバの顔が、僅かに崩れる。
そこにサクは切り込んだ。