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吼える月
第23章 分離
 



 ◇◇◇



 どれくらいの時を、【海吾】の根城で過ごしていたのか。

 サクは船体から身を乗り出すようにして、昏い空を見上げた。


 船を着けた時はまだ、燦々とした陽光を放つ太陽が蒼天の空にあがっていたのに、今出航して行く時には、昏くなってきた天に不吉な真紅の月が浮かび始めている。


 天の中心に据えられるものは、時と共に色を変え輝きを変え、巡り巡って元の姿に戻り、変化し続けることこそが恒常だと人々に思わせる。


 人が驚くのは最初だけだ。

 いつもの周期とは違う異物を見て、不吉と思うのも最初だけ。


 それが証拠に自分自身、赤い月という存在を忌まわしく思えど、玄武殿で見上げた時に感じたような、悍しい感覚はもうもたなくなっていた。


 慣れとは恐い。

 人を制する変化の"脅威"が薄まれば、そこから危機感を感じなくなってしまう。自然の力を怖れなくなってしまう。


 神獣の力は自然の力を借りたものだ。

 武神将はさらにその力を借りただけの脆弱な存在であるということは、ハンがよく言っていた。

 だからハンは緊急性がない場合、或いは祠官からの要請がない場合は、人にその力を見せたことがないのだ。

 神獣の力だけが武神将ではない。



――いいか、サク。神獣の力に、驕ることなかれ。




 サクを乗せた船は、縦型の帆が2つついている、小さなものだ。

 簡素でありながらも、風の抵抗を受けぬような細長い形状にしっかりと組み立てたのは、この船の主であるテオンらしく、そのテオンは今、船体の前方にて舵をとっている。


 赤い月影に照らされた、鈍色に煌めく大海の中、まるで海に道が見えているかのように、テオンは進むべき方向に惑いはなさそうだった。

 ただ黙々と前方を見据えて舵をとるだけ――。

 根城において、サクが指名した時はあれだけ狼狽していたのに、自らの船にサクを乗せてからは、船の主としての貫禄を際立たせたテオン。

 孤高にも思えるその後ろ姿は、子供のもつものとは思えず。

 しかもサクに一切の質問をもさせたくないという頑なな意志を感じたサクは、あえてそこに踏み込もうとせず、ただ昏くなりゆく海を見つめながら、今までのことを思い出していた。



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