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吼える月
第24章 残像
「……ハン殿だったら知っているか。武芸だけではなく、術や軍法に関してもかなり昔の文献読んだりと勤勉だったらしいから。寡黙なジウが唯一僕に語るのはハン殿の話題でさ、ジウはハン殿に負けまいと術も勉強したのに、なにひとつ武闘大会で勝てないと笑ってたな。恐い顔を緩ませて」
「親父が勤勉? 確かに武術に関する知識は豊富だったが、親父が真面目に勉強してる姿なんて想像できねぇ…」
「表向きはそうかもしれないけれど、武神将になれるまで、こつこつ、裏で努力していたんだよ」
サクは、ハンの笑い顔を思い浮かべた。
若かりし父の情報が、まさか隣国で得られるとは思っていなかったサクは、自分が知らない父の真摯な一面を知れて嬉しく思った。
最強の名は、きっとハンの努力の成果なのだと思えば、そこまでに上り詰めた父が一層誇りに思えてくる。
「……それと、この術だけど。"遮煌"時ハン殿は、それで大半の逃げる"光輝く者"を追いつめ捕獲したってジウから聞いたことがある。ハン殿は力を直接彼らに向けて痛めつけないようにしていたと。術を解いた後も、術を解かずにいた方がよかったのか、随分迷われていたとジウ、言ってたよ」
――……生きる亡者、生ける屍。そう、餓鬼となんら変わりねぇ。生きていればいいってもんでもねぇよ。切り刻んで殺してはいなくとも、ここに閉じ込めるということはれっきとした殺人、偽善者の自己満足だけの残酷な術だ。それならいっそ、殺した方が相手の苦しみは短くてすむ…。
サクはあの時のハンの翳った顔を覚えていた。
ハンはずっと、命令とはいえ自らの正義に反して、"光輝く"だけの者達に手をかけた後悔に苛まれ、癒やしきれぬ傷を負い続けていたのだろう。
最強と呼ばれ、皆から崇められても尚――。
「うし、テオン。かけられていた術がなにかわかれば、もう大丈夫だな」
その罪は息子が引き継いでいこうと、サクは心に誓う。
そして自分は、父の心が真に望んでいた武神将でありたいと、サクは父の残像を心に刻んだ。