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吼える月
第25章 出現
「そ、それは……褒められているの?」
「……誰が褒めている。お前は馬鹿という言葉が褒め言葉だと教わったのか?」
端正な顔を不愉快そうに歪められ、ユウナはむくれ顔で押し黙った。
同船していた時の無表情さよりは、人らしい表情を作ってくれるだけマシだと思えども、どうもシバには、好感度が高い黒陵の姫だとは思われていないらしい。
まあ姫だからと態度を変えられておべっかを使われるよりは遙かにいいが、なにせ生きた魚を平気で捌(さば)く非道な人間なのだ。捨てられた環境で心根がきっとねじくれて育ってしまったんだ。ここは……。
「なぜオレを哀れんだ目で見る? 馬鹿だと言ったのはお前にだぞ? はぁ……お前の教育係は、言葉の意味だけではなく、正しい理解の仕方も教えなかったのか」
「…イタ公ちゃん…、なんだかあたし、悔しい…」
ぎゅうぎゅう尻尾を引っ張って訴えるが、イタチは動かない。
「酷いわ、イタ公ちゃんまであたしをひとりぼっちにするなんて」
むくれたユウナが、イタチの長い尻尾を手に取って、その小さな鼻をくすぐってみせると、ふるふると震えたイタチが耐えきれず小さなくしゃみをする。
「うふふ、ありがとう。可愛い」
顔を綻ばすユウナだったが、スンユがこちらを振り返ったために、慌てて咳払いをしながら、
「あ~、寒いわねここ。風邪ひいちゃったかしら」
などとわざと大声で誤魔化せば、スンユは胡乱気なその目を細めて、穴があきそうなくらいじっとユウナと…、密やかに汗を掻く"襟巻き"に視線を送っていたが、やがてぷいと横を向いてこちらを見なくなった。
安堵の息をするユウナは、ますます…ひとり芝居が下手なユウナに対して珍妙な眼差しを送るシバには気づいていない。