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吼える月
第25章 出現
「そんなことはおできになりますまい。なによりあなた方は、玄武の武神将と祠官の後継であるテオン殿を、ひたすらここでお待ちになっていたのでしょうから。まあおふたりの希望では、俺ではなく親父がここに来ることを願っていたのでしょうが」
「え……」
テオンがサクに呆然としたような声を投げた。
「ジウ殿は謹直な方だ。どんなに、人を欺くのと駆け引きがうまい親父の真似しても、嘘をつけないのは昔からお変わりないようだ」
祠官の隣に立つジウが、びくりと反応する。
「神獣封じの仕掛けは、他の者にというより、最強の名を持つ親父が現れた際の牽制に設けたものでしょう。だがそれは、神獣の力を自在に使いこなせていたらしい親父にとっては、強い効力を持つものとはいえないものだろうと、あなた方は推測していた」
――神獣の力にまだ慣れていない今、他の神獣の力を弾くことができるこの土地で暴れるのはかなり苦だろう…。ある意味、ここに現れたのが、神獣の力を真に使いこなしているハン殿でなかったのが我らの良運。
「だからあの罠を抜けてくるだろう親父と対等に話し合うために、身体の自由を奪う枷を作った。俺が手に着けているこれは、恐らくは親父用に」
――さらに大人しくして貰うために、ちょっとばかり神獣封じの術と、猛獣を捕える枷をつけさせて貰った。命とるものではないから安心するがいい。
「ジウ殿の言う"猛獣"とは、俺のことではなく親父のことだったんでしょう? きっとあの罠をひとりで抜けられる者がいるとすれば親父だけだと見込んだジウ殿にとって、俺が来たのは誤算。そしてジウ殿は親父の名前を出して動向を気にした。あなた方はひょっとして、親父を敵に回したいのではなく、親父の協力を願っていたのでは?」
つまり、ハンがここまで来てくれることを待っていたのではないか……、サクは話ながらそう思った。
なによりジウの、ハンの死に対するあの慟哭のような嘆きは、友情を利用しようとしているという下心は窺えなかった。
ジウは、ハンを悪い方に利用しようとしていたわけではなく、そしてハンの力を奪う必要があるということは、ハンが怒って止めそうなことを、青龍の祠官と武神将はしようとしていたのではないか、と考えた。
そこまでの強行策をとらねばならぬ理由――。