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あやかし姫の蜜事 ~巫女の夜伽は人ならざる者と~
第1章 蜜事・一 毛羽毛現の髪之助(はつのすけ)
突然、もこっ、と髪の毛が盛り上がった。

「ひっ!」

暦は驚いて小さな悲鳴をあげた。
髪は、更にもこもこと生き物のように蠢きながら、塊となって大きさを増していく。
わさり、わさり、と大量の髪の毛が擦れ合う音が響く。

「怖がる事はございませんよ、姫。もうしばしお待ちを」

髪の塊の中から、気遣う男の声が聞こえた。
その優しい声の響きに、暦の緊張は僅かに溶ける。
やがて、髪の毛の塊は暦の身長よりも大きくなり、徐々に静かになっていった。

「やっと、貴女とお会いできた」

髪の中から手が伸び、さわ、と髪が暖簾のように掻き分けられた。

「あ……」

髪の毛の奥から、声の主が現れた。

「お初にお目にかかります、現あやかし姫。私は初代あやかし姫の髪より生まれし妖怪、毛羽毛現にございます」

女性かと思われるほど端整な顔立ちに、光沢のある上質な黒い着物。柔和な笑みの似合う優男だ。
男が髪の塊から一歩外へ踏み出すと、驚くほど大きくなった髪の毛の集合体はばさりと床に落ち、もぞもぞ蠢いたかと思うと、絡まり合った髪の一本一本が解かれて、床一面を髪の毛で埋め尽くさんばかりに広がった。
男も、男の黒髪も、至極美しかった。

「…………」

暦は、思わず男に見とれた。
今まで、男を相手に“美しい”と思った事がなかった。
惚けたように男を見つめる暦の表情は、さぞ可笑しいものだろう。

「ふふ。姫、そのように珍しい物を見るように見られても何も出ませんぞ?」
「……あ」

はた、と我に返る。
目の前では男がくつくつと笑っていた。
暦はよほど滑稽な表情をしていたらしかった。

「ご、ごめんなさい。綺麗な方だと思って、つい……」
「それはそれは、光栄にございます」

男は恭しく一礼する。その動きに合わせて、ぞろりと長い髪がさらさらと着物に擦れる音をさせた。
男は顔を上げると、するりと暦の正面に座った。

「姫……私は貴女にお会いしたかったのです。永い永い時の中を流れ、髪である私を切り落とした主の顔すら忘れてしまった果てに、私はいつの間にか髪でありながら心を持ってしまった」

男――毛羽毛現は、語る。

「貴女の母上が私をお探しだったのは、病に蝕まれる体を癒す妙薬にしたかったからなのですよ」
「えっ、そんな……お母さんは御神体を姿形を見てみたいからだって……」
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