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引き裂かれたroyaume
第4章 霞んでいく過去(前)
「タパニ。……あたしは、戦うことに何の疑問も持たないで生きてきた。王室付きの軍隊に入ったのも隊長という地位を賜ったのも、特別なことはなかった。ただ、エリシュタリヴ・オルレのトップという肩書きは、あたし自身に必要ない」
「それで手放されると?無礼を承知で申し上げますと、リゼット様のためでしたら、そのご決断は軽率です。女性なら他にもたくさんいます。右腕とて、そろそろ見込みのある者をピックアップくらいなさっては」
「リゼットだけのためじゃない」
「──……」
「いつもお前達に話しているな?軍人とは、ただ従軍するだけのものではない。戦いのプロとして、誇りを持つものだと」
「はい」
「今のあたしはそれを実践しているか?国一つ守れないで、桁外れの死者を出した。否、たとえ一人でも、尊い命だ。 そして結局、あの戦の責任を部下一人に背負わせて、こうして優雅に暮らしている」
せめて、この肩書きさえ手放せば、白昼堂々とヤーデルードの城に乗り込める。そして、どのみち、ジュリーの脅迫にいつまでも従ってもいられない。
「プロは、抜け目があってはならないものだ。どんな状況でも、たとえ利き腕を撃たれても、目前の敵は必ず討つ。そして、ぶれてはいけない」
「……此度の敗戦も、リゼット様のことも、我々部下の力不足です」
「──……」
気持ちだけは受け取っておく。
エメはタパニに心の中で詫びて、空になった二人分の皿を重ねた。
やにわに、タパニをとりまく雰囲気が、変わった。
エメはタパニの視線の先を追う。
広げっぱなしだった新聞の一ヶ所に、十七年前に崩御した、ヤーデルードの先代王、ソフィルスの写真が載っていた。
「エメ様……」
エメは新聞から目を離して、タパニと顔を見合わせる。
「ヤーデルードの先代王って……」
「違う、偶然だ。……大体、新聞の写真印刷なんて、粗いのがほとんどだし」
エメはタパニから新聞を取り上げて四つ折りにした。
ソフィルスの、どこかで知るような透明感を湛えた双眸が、脳裏に焼きついて離れない。それは、はっとするほど気高い色を宿していて、優しげで、淋しげだ。
たった一人の愛おしい人を思い出す。
否、目許がそっくりな人間くらい、この広い世界の中、きっとどこにでもいる。