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加虐の皇子と愛玩ドール
第8章 仮想忘憂

* * * * * * *

 夕方、ほづみからメールが届いていた。

 今日、会えなくなりました。ごめんなさい。

 メールには、つまるところそのようなことが書かれてあった。

 倦怠期。みおりの脳裏に、ふっと昼間の花叶とのやりとりが掠めていったが、ほづみとは出逢って二ヶ月ほどの関係だ。更に言えば、ほづみは恋人と呼ぶ対象とも違う。

 みおりは会社の敷地を出ると、帰路とは逆方向へ足を向けた。







「みおりさんっ?!」

 ほづみは私宅に帰り着くなり、やんごとなき眼差しを湛えた大きな目を、幻にでも出くわしたと言わんばかりに見開いた。
 白亜の素肌に腰まで伸びた栗色の髪、ほづみのそうした特徴は、遠目で彼女を彼女と認識するのに補翼する。だが、加えてほづみは、今日もとびきり豪奢なロリィタメゾンのコートに身を包んでいた。その華やかな風采は、さしずめ童話から抜け出てきた令嬢だ。

 みおりは壁から背を離して、携帯電話をバッグに戻した。

「お帰り。会えないっていうから、会いに来ただけ。……なんだ、暇そうじゃん」

「いやいや暇じゃないですから。……みおりさん、今日、お化粧可愛いです……」

「昔のセフレでも来るわけ?」

「っ、……来るはずないじゃないですかっ。そんなのいません!」

 みおりの片手がほづみの腕に振り払われた。

 小さな肩にかかっていたバッグから、鍵が出てくる。ほづみの慣れた手つきが扉を開けた。ピンク色の潤沢を帯びた唇が、どうぞ、と、諦念を露にみおりに入室を促した。

「私が留年したら、みおりさんの所為ですから」

「会えないって、もしかして勉強?」

 みおりはほづみのストラップシューズの隣にショートブーツを揃えると、勝手知ったる姉妹の所帯へ入っていった。
 ほづみに続いてリビングに入る。バッグとコートを置いたドールが、エアコンの電源をつけてくれた。みおりはほづみにハンガーを受け取って、コートを吊るす。

「期末考査のレポートも、試験も、必修科目は全てパスしたんです。なのに、ゼミだけ厄介なことになってしまって……」

「官能小説から読み解く人類史だっけ?ほづみの得意分野じゃないの?」

「そうなんですけどぉ。…………。あ、お茶、いります?」

「疲れてそうだな。いらないって、言っておいてあげる」
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