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加虐の皇子と愛玩ドール
第9章 快楽誘引
* * * * * * *
「ここだけの話、迷子の子供を助けたなんて、出任せでしょ」
鬱蒼とした草叢の深奥、ほづみが物置小屋を訪うと、埃っぽい薄闇をまばゆい存在感で明るめていた事務員が、悪戯げに頰を緩めた。
遠くで、下校してゆく生徒達の談笑や、課外活動を始めた各団体から沸き立つ声が聞こえる。耳を澄ましてようやっと拾える程度のさざめきは、ともすれば別世界の断片だ。
ほづみは、たった数分前までいたまなびやからまるで切り離された密室に踏み入ると、六つ歳上の事務員に促されて、かびた扉を後ろ手に閉めた。
「ご用は何ですか」
「否定しないのね」
「っ……」
一歩遅れて弁明を思索するより早く、嫋々たる指先が、ほづみの頬を……顎を掬い上げてきた。
パリッとしたブレザーと、事務員のたおやかなまろみを包んだニットが距離を縮めた。
ほづみの黒目が自ずと可憐な女性に向いていた。
「貴女を告げ口する気はないわ。宍倉さん、綺麗だもの」
「え……」
「大体、ここ、今時にしては厳しいわ。今は良くても、こんなんじゃ、じきに入学志望者だって減る」
「──…」
ほづみは事務員の悪びれない言い草に、直線的な好意を覚えた。
綺麗。そしてただ一言の賛辞は、友人同士で馴れ合っていて寄越されてくる贔屓目とは相異なる、ほづみの得たことのない重みを伴っていた。
穴が空こうほど見つめられたほづみの顔が、解放された。
ほづみは事務員に呼びかけようと息を吸ったやにわ、彼女の苗字も知らなかったことに跼蹐する。声を惑わせていると、巴山ゆか(はやまゆか)、と、涼やかなメゾが何ともなしに囁いた。
「気にしないで。私が一方的に宍倉さんを知っていただけ。と言うか、美人は自然と目が追いかける。それなのに、彼女とも彼とも一緒にいるところがなくて、無防備ったら」
「あの、……」
「そこは否定する?」
「──…、いいえ。……」
ゆかのもの言いは、ほづみに校外の恋人がいる可能性を踏まえなかった。ほづみは違和感を覚えなかった。ゆかがそれだけほづみを見ていた証拠だ。
もう一つ、恋を覚え始めたばかりの少女というものは、本やテレビの影響で、多くが異性に関心を寄せる。そんな中、ゆかがあえて彼女という単語を先に持ち出したのも、けだしほづみが多党派に当てはまらないことを見抜いていたからだ。