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加虐の皇子と愛玩ドール
第10章 淫楽引照
* * * * * * *
くすんだ碧落が真っ新な朝を染めていた。
人々がまばらに散らばる歩道には、変わらず奢侈な薄紅をまとう木々が聳え、春特有のそよ風がたゆたう。
月曜日の朝、みおりはほづみと一緒になって私宅を出た。
ほづみは学校の用事があるという。通勤ラッシュの群れに混じって、二人、車両に肩を並べていた。
「今度はお昼にお花見しません?」
起き抜け特有の倦怠感がまといつく中、ほづみがにわかに呟いた。
長い茶髪にくっきりした目、ピンクとベージュが妙なる濃淡を刷く陶磁の肌は、こうして化粧が施してあると完膚なきまでに生きたドールだ。髪にはチュールレースのコサージュ、ピンクがかったアイボリーのワンピースは相も変わらずドレスとも呼べよう存在感を醸し、やんごとなき容姿に馴染みきっている。
「今度、週末空いてる?」
「もちろんです」
「おとなしくしてくちゃいけないけどな」
「へへっ、昼は……ですね。……そこまで考えたくないんですけど、一昨日のこと、やっぱりお姉ちゃんわざとだったんじゃないかと思うんです。なので、今度は友達とお花見へ行くと言って出掛けます」
「了解。私も雅音に黙っとく」
もっとも、土曜は土曜で充実していた。
というのは、みおりもほづみも口にしない。
みおりは、ほづみをありふれた恋人のように抱こうという気になったことはなかった。
気に入らないのは雅音の意図に従うというところにある。おそらくほづみも、ことをなすこと自体には、法悦している。
求めるものがパズルのように噛み合っている。そのくせロマンスめいたことは興じすぎると食傷する。
みおりにとって後にも先にも、ほづみほど道楽のマテリアルに好ましいドールはいまい。みおりが姫君を求めないのと同様、ほづみも姫君の風采を気取っていながら皇子は求めないところがあった。
「あ、……」
聞き親しんだ駅名のアナウンスが流れると、ほづみがふわりと腰を上げた。
みおりはほづみを見送って、動き出す電車に合わせて窓を流れるホームを何となしに見る。
優先席付近から、突然、女性の声が上がった。
朝から溌剌と話すその声に、みおりは聞き覚えがあった。