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王女様の不埒な暴走
第4章 執事の噂と王女様の暴走
石畳の道を走る馬車の車内は、転がる車輪の音のみが響く。
斜め前に座るジョシュアに、一切の視線を向けず、濃紺のカーテンが引かれる窓を、覆うものが何もないかのよう、リンゼイは窓をぼんやりと眺める。
ジョシュアはリンゼイの顔を見たとき、泣いていただろうことはすぐ察しただろう。だが彼は触れてはこなかった。
主自らが口にしないならば、従者は余計な詮索はしないものだ。彼は実に執事らしく、模範的な存在。だからリンゼイが胸の内を吐露しないかぎり、ジョシュアはそっと見守るだけだろう。
けれどリンゼイは別の疑念を抱いていた。もしかしたら彼は、なんらかの理由で悲しみを堪えている眼の前のリンゼイより、愛しいキャンディスの深い悲しみを思いやっているのではなかろうか。
レオナルドが邸の使用人にジョシュアを探しに行かせなければ、もっと長い時を彼女と過ごせただろうのに、リンゼイのせいで貴重な時間を削られてしまったと恨んでいるのではないだろうか。
視界の端に映るジョシュアの姿を意識するだけで、キャンディスと抱き合っていた様子が思い出され、胸が張り裂けそうになる。
リンゼイが愛読する物語のヒロインも悲しみに暮れる場面はあった。だが必ずハッピーエンドが待っている。自分と彼の間には決して来ない結末だ。
ハッピーエンドどころか、志半ばで恋が破れてしまった。現実はなんて無慈悲なのだろうか。
悲しみのまま泣いてみたところで、自分はキャンディスではないのだ。彼はヒーローとしてではなく、執事として涙を拭ってくれるだけだ。そう思うと、ひどく惨めで。幾度も零れそうになる涙を、リンゼイは必死で堪え続けた。
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