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そのキスの代償は……
第8章 その夜
束の間触れたかった心地いい熱に酔いしれながら包まれる。

でもここは店の入り口で…

程なくしてあの人の大きな掌が私の肩にそっと置かれ、

ゆっくりと押しながら身をはがした。


まるで何もかもが拒絶されたような気がした。

ただ抱きしめてほしいという…

たったこれっぽっちの望みすら叶わない。

「相良…」

「…」

私は何も答えることができないまま、

いつの間にか震えの止まった躰を自らかき抱いて、立ち尽くす。


自分の躰が…

感情が…

コントロールできない。

胸に渦巻く、黒いモヤモヤしたものを、振り払うことができない…

込み上げる涙をこらえるために目をギュッと閉じ、息を止め、

鼻を手の甲で押さえた。


ふと…

さっきまで起こったことで、これから自分がどうなるのかという、

深刻な事実が頭に浮びあがった。

もしも奥様が、取締役に告げ口してしまえば、

会社にいられなくなってしまうかもしれない…

仕事を失えば、日々暮らしていけなくなってしまう。

今更、他の仕事なんてできるのか?


考えられないリアルを喉元に突きつけられ、

余りの不安と恐怖で躰が固まり、その場で再び動けなくなる。
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