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余熱
第11章 横切る

え…
何で…どうして…
その紺色の香りは鼻の中を通って頭の中へと広がっていく。
夜空のような濃紺はすうっと色を失って白くなり、脳の芯を溶かしていく。
しっかり立っていられなくなって、思わず陳列棚につかまった。
ガタッという物音に、近くでアイスクリームを選んでいた中学生や、週刊誌を読んでいたサラリーマンが怪訝そうにこちらを見てくる。
――先生の胸元から香ったあの香りだった。
夜のひんやりと静まった空気と一緒に吸い込んだ、あの香り。
鼻の奥まであの香りで満たされた時、波立っていた心が収まっていったのを覚えている。
でも今は、同じ香りなのに、どきんどきんと動悸を打つように心が乱れている。
恐る恐る振り返ると、窓の外を下川先生の頬が横切ったのが一瞬目に入った。
先生の姿が消えても、しばらく窓の外を眺め、コンビニの入口の側で呆然と立ちつくしてしまっていた。
――下川先生、
その頬が赤らんで見えるのは、夕日のせい?
それとも、先生のせい?

