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余熱
第11章 横切る
"しばらく会えなくなります"という置き手紙の文字が、ふと頭の中を過った。
塾に出勤する日が少なくても、会うのは夜なんだから、あまり関係ないはずだ。
きっと忙しいのを口実にわたしから身を引き、
下川先生との関係にシフトしようと思ったんだ。
先生からすれば、下川先生に比べれば、わたしなんて子供だ。
それに、先生に好きと言われたこともなければ、
もちろん付き合っているわけでもなかった。
だから、先生はわたしのものではない。
紺色の香りも、わたしのものではない。
すっかり自分だけが知っている秘密の香りだと思い込んでいた。
あの香りだけじゃない、
わたしの名前を呼ぶ声も、
わたしの体の奥深くへと刻みつけるような仕打ちも、
何もかも、先生にとっては特別なことでもなんでもなくて、
わたしがただ自惚れていただけだったんだ。
どうして今まで気がつかなかったんだろう。
もっと早くに気付くことができていたら、
好きという感情が芽生えていたことにも気付かず、
その芽をそっと枯らしてしまうことだってできたはずだった。
涙は、出てこなかった。
泣いたらその芽を育ててしまうような気がして、
必死にこらえている自分がいた。
まだ心のどこかで嘘だと信じている自分もいた。

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