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余熱
第1章 崩れる

塾の入り口のドアを開けると、何やら妙に騒がしく、女の子たちは色めき立っていた。

「森さん、こんばんは〜。」

国語の下川先生の挨拶だけはいつも通りだ。

「こんばんは。何かあったんですか?」

「あら、今日から数学の先生新しくなるでしょ?それが結構イケメンでね、みんな一目見ようと一階に集まってるのよ〜。」

「へ〜…」

それにしても、女の子のこういう雰囲気って気が滅入る。

そそくさと逃げるように一階をあとにして、授業が始まるまで過ごす四階の自習室へと、階段を上り進める。

ついさっき夕立ちが降ったからか、階段が濡れている。

上る分にはあまり問題はないけど、下りる時はちょっと気をつけなきゃな――。

そう思った瞬間だった。


「うわっ」


上の方から声がしたかと思うと、続いて、どすん、と鈍い音がした。

数段上ったところにある踊り場に人影が見え、テキストとプリントが勢いよく散らばる。

わたしはその数段を駆け上がる。

「大丈夫ですか!?」

散乱したそれらを拾い、人影の正体に渡す。


「…ご、ごめん」


そう言ってその人は、よろよろと立ち上がって身なりを整え、また階段を下ろうとする。


――あ。

この人か、噂の先生は。


ゆるくうねった長めの前髪が横に流れ、その涼しげな顔立ちが見えてすぐに分かった。

一階で女の子たちが出待ちするようなイケメン先生が、階段で滑って尻もちって…

「ふっ」

思わず小さな声で笑ってしまった。

先生は急ぎ足でもう数段下の踊り場まで降りていたのに、それが聞こえたらしく、

「…笑うな。…誰にも言うなよ。」

そう言って先生は、また転びそうなくらい速足で階段を下りていった。
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