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余熱
第9章 忘れる
無邪気に弾けるように笑う葉月に、俺の目は釘付けになった。
そして、その目は笑顔を向けられている少年も捉えた。
彼が村田祐であると、一目で確信した。
背はさほど高くはないが、さっぱりとした髪型や笑顔に好感を抱いた。
それと同時に、心の奥底に溜まった澱みが浮き上がり、心が濁っていくような心地がした。
村田祐は、俺がかつて軽蔑しつつも、実は心のどこかで羨望していた風貌そのものだった。
学生時代、クラスで一番人気だった、スポーツの出来る爽やかな男の風貌である。
俺の中に生まれたのは、今度は嫉妬でも苛立ちでもなかった。
それは、これまでに感じたことのないほど大きな、敗北感と劣等感だった。
自分が彼に優っている点など、何一つ思いつかない。
何より、彼と葉月との間の、第三者には決して超えることのできない親密さである。
もしも彼に、
「自分の方が葉月にふさわしい」
「自分の方が葉月への気持ちが大きい」
と言われてしまったならば、
俺は何も言い返すことが出来ず、ただただ彼の前に跪き、惨めに土下座することしか出来ないだろう。
裏口と通りまでは数十メートルしか距離がないはずだが、
二人が笑い合って歩く通りは、
もう何キロも何十キロも遠くにあるように見えた。
俺は葉月に手を出してしまったことを反省し、後悔した。
村田祐が葉月の心を奪っているというなら、俺は体を――。
そう思っていた数日前の自分を懲らしめてやりたい。
煙草をもみ消し、
もう、彼女を誘わない。
彼女を忘れよう。
自分を斬りつけるように、そう強く思った。
誘えるわけがない。
二人の幼なじみという仲は、自分が思っていたよりも遥かに睦まじく、どこか神聖であったのだから。