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悪戯な思春期
第1章 テレビの向こうの王子様
 これはまずい。

 美伊奈すらも強張った。
 ホームの向こうは意外に近い。
 しかも、二人の今までの会話のトーンからして西は確実にこちらに気づいているはずだ。
(こっち見んなこっち見んな……)
 半ば祈るようにして、私は電車が滑り込んで来てくれることを祈った。
 いつものようにサファリパークの宣伝に彩られた電車が。
 鳩が何羽か頭上の電線から優雅に、見下ろしていた。
 隣の美伊奈が、ピンチかチャンスか見定めるようにキラキラ笑っている。
(あんたは……楽しんでるね)
 遠くから断続的な金属音が響いてきた。
 私は期待して顔を上げる。

 顔を、上げてしまったのだ。

 視界が変わり、端にいた西が中央に来る。
 西の顔はこちらを向き、眼は私を真っ直ぐ見つめていた。
 昼休みのように。
 右頬には痛々しく青い痣。
 私の殴った跡だ。
 そして、電車が二人の間に割り込む瞬間、彼は唇を軽く上げた。
(瑠衣スマイルだ)
 無言だったが、美伊奈も頷いていた。
 日本を代表するスターの笑みを持つ青年は、確かに私にだけそのスマイルをくれた。

 美伊奈は電車に乗った途端堰を切ったように話を爆発させた。
「ヤバいね! 西ってあんなに格好良かったっけ? 背が高いのがあんな目立ってたっけ? つか格好よくない? やば」
「美伊奈……落ち着いて。私のがパニクってるんだから」
 所詮田舎の真ん中、車両内には私たち以外誰もいなかった。
 だからこそ二人は声を荒げていた。
 私は美伊奈に近寄って訊いた。
「見た?」
「見た」
「あのスマイル……マジで瑠衣様でしょ」
 美伊奈は壊れたオモチャみたいにカクカクと首を縦に振った。
 黄色い瞳の残像も揺らせて。

「ね……西君てなんなの?」
 興奮が落ち着いた頃私は静かに尋ねた。
(変な奴。瑠衣様の弟。子供。甥)
「瑠衣様のドッペルゲンガー」
「どれも違った!」
「ん? どした椎名」
「なんでもない」
 西雅樹。
 謎。
 何故さっき一言も発さなかったのだろうか。
 彼の学ランが風に靡く映像が蘇る。
 美伊奈は恋する乙女を絵に描いたような、輝く顔で窓の外の風景を楽しんでいた。
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