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悪戯な思春期
第1章 テレビの向こうの王子様
視聴者全員が息を呑んだことだろう。
瑠衣の周りの壁がスッと消え、彼は女性の後ろに立っていたのだ。
スタッフも予想外の彼の動きに驚嘆する。
そんな周りを見向きもせず、瑠衣は目の前の女優の顎に指をかけた。
多分、絶妙なタイミングを見計らって迷路から出てきたのだろうが、あまりの俊敏さに対応ができなかったのだ。
『今日のロケでは一日僕のことご主人様って呼んで』
(うわぁ……Sだ)
誰もが顔を赤らめそうな台詞もさらりと述べるのが一流。
確かにそうだ。
桜をバックに、二人はドラマの中にいるようだった。
身長差三十センチはあろうか、瑠衣が頭を撫でる仕草は、まるで父が子をあやしているみたいだ。
『は……い』
(言った! 可愛そうに……本気だ)
その女優は瑠衣から目を離すことが出来なくなってしまった。
今日一日、ご主人様と何回オンエアされるだろうか。
世間の話題はそこに集中するかもしれない。
私はCMに入ったところでテレビを消した。
眠気が限界だった。
温めたグラタンカレーをそのままに、ベッドに横たわる。
羽毛布団が優しく肌に吸い付いた。
『ご主人様って呼んで?』
ゾクゾクとした快感。
『天草さんってMだよね』
(ええ、そうですとも。よくぞ見破りました。瑠衣の出演するドラマでは、冷たい台詞を何度も聞きたくなるほどに)
(西はまだ初対面みたいなもんなのに、簡単に心の底の性格をさらけ出す気?)
(うるさいなぁ……私の勝手でしょ)
(私も椎名なんだけど。骨抜きにされんのは瑠衣だけでいいと思うよ)
枕を手探りで引き寄せ、ボフンと顔を埋める。
(悶え死んじゃえばいいの……)
(西の甘い声で?)
反論するまえに睡魔が襲いかかって、意識を無理やり手放された。
夢を見た。
二年前のハロウィンライブにて、瑠衣が血まみれの伯爵として出て来た。
金に染められた髪が、秋空の下光っていた。
『お菓子をくれても悪戯するけど?』
会場が湧き上がる。
瑠衣は恍惚とした笑みを浮かべ、デビュー曲からパーティーを始めた。
私は夢心地で跳びまくった。
不意に、ポンと肩を叩かれたので相手を見ると西だった。