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悪戯な思春期
第1章 テレビの向こうの王子様
『……今年の新曲の抱負ですか?』

 瑠衣の声が私の部屋に優しく響き渡る。
 テレビのリモコンの音量ボタンに指をかけたまま、画面の中の彼に見とれてしまう。
 瑠衣はこの春新曲をリリースした。
 半年ぶりのシングルに、世間は大注目している。
 私もその一人だ。
『悶え死んでしまう快感、ですかね』
 片側を剃り上げた銀髪を撫で、ハッキリと言った。
 尋ねた司会者の女性がドキマギしながら質問を続ける。
『それは恋人への思いということですか?』
 観客席から黄色い歓声が上がる。
(なんだ、お前らは誰を想像しているんだ? 先日雑誌トップを飾った瑠衣の親友俳優の滋賀輝弘か?)
 私は妙に冷めた心地で返答を待った。
 夕飯に作った緑野菜グラタンをスプーンで無造作に混ぜながら。
 生クリームの香りが部屋に漂う。
『僕はね、愛する人を思いながらファンに歌を捧げるほど器用じゃないよ』
 憂いに満ちた眼差しをカメラに向けて、大スターは微笑んだ。
 心臓が張り裂けそうになるのを抑えて、私は水を注ぐ。
『この歌は悲恋を描いてる。相手の心を手に入れられないのに自分だけ快感に呑まれてゆく、そんな愚かな恋を』
 後ろに控えるアイドル達がヒソヒソと話している。
 司会者はマイクを握り直し、瑠衣の視線を避けながら相づちを打つ。
 あの眼を見てしまえば仕事どころではないはずだ。
 生粋の日本人だと言うのに、彼の目の奥には藍色の光が宿っている。
(アイドル五月蝿い)
 苛つき始めた頃、瑠衣が徐に立ち上がった。
 打ち合わせと違ったのか空気が凍り、観客がざわめく。
 ゲスト用のベンチから離れた瑠衣は、誰も止める間もなく画面から消えた。
 八年間彼を見てきた私もたじろいだ。
 グラタンが付いたスプーンを膝に落とすほどに。
 司会者が取り繕おうと唇を開いた瞬間、瑠衣の声がどこまでも響いた。
『愛するファンに告ぐ!』
 一瞬でカメラがステージ脇の瑠衣を捕らえる。
 日本中が耳をそばだてているような沈黙が流れた。
 瑠衣は漆黒のスーツの襟元をはだけて、気持よく叫んだ。
『是非、この歌を胸に刻んで欲しい。間違ってもこんな幻想な恋に溺れるな。僕は君たちに幸せな愛を歌って欲しいから』
 そして前奏がスタートした。
 無理やり予定を合わせたのか演出かは定かでない。
 どちらにせよ、彼はリスナー全員の心を引きつけてしまった。
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