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悪戯な思春期
第1章 テレビの向こうの王子様
 記憶が今日は曖昧だった。

 とりあえず、片時もCRAZEが頭から離れなかったのは確かだ。
 西に見つめられたときに丁度サビの『神すら射落とすその笑み』が流れて、卒倒しそうだった。
 結論から言うと、私は西を殴り飛ばして逃げたらしい。
 五限目に彼がボイコットしたところをみると、大分痛手を負わせてしまったようだ。
(もももも悶え……悶え死にそうとか訊いてくるから)
 今朝まで圏外だった西が脳内の大半を占拠していた。
 瑠衣すら端に追いやられる。
(なん……っ……なんなんだアイツ)
「このM」
「にゃあ!?」
 余りに不意打ちな言葉に飛び上がってしまった。
「椎名はねー、SぶってるけどMだね。今も嬉しがってるし」
「美伊奈ぁああ」
 珈琲喫茶に来ていた。
 先ほどから記憶整理に暴走する私を静かに待っていた彼女だが、我慢の限界らしい。
「暴露しちゃってよぉ。西に告白されたんでしょう? 瑠衣スマイルで」
「マジやめてそれ……」
 美伊奈がニヤニヤしながら髪をいじくりまわす。
「あたしも見たかったなぁ。瑠衣スマイルが出来る男子がいたとはね。しかも何だっけ……『悶え死にそう』とかっ最高すぎる。ウケる」
(受けねーっつうの!)
 全力で否定したい衝動をブラックコーヒーで流し込む。
 苦い後味が咥内に広がった。
 美伊奈は黄色いカラコンを入れた妖艶な目で始終を見つめていた。
 学校近くの喫茶は学生で賑わっていた。
 アンティークな小物が窓辺を彩る隠れ家的な雰囲気で、女子高生の好みを掴んだ店なのだ。
「椎名って彼氏いたっけ?」
「いません!」
「奇遇だねぇ、あたし六人」
「はあ?」
 美伊奈は破顔して指で六を示した。
 優越感に浸ってか、それから上から目線で付け加えた。
「だから早く西君と付き合って、経験しちゃいなよ」
(馬鹿なのか)
「瑠衣ばっか見てないでさ~。モテるんだからチャンス逃しちゃダメ」
 カフェオレのストローをクルリと回して美伊奈が警告した。
 先から垂れた褐色の液体が雨の降り始めのようにテーブルを潤す。
「もてたことない!」
「なに言ってんの、髪誉めて近づいてくる奴一杯いるじゃん」
 一瞬ヘアフェチの奴らを思いだす。
 寒気が走った。
「あいつら……冗談!」
 ペーパータオルでストローを拭きながら美伊奈は言い返す。
「あんなに選択肢あるのよ~。羨ましいんだから」
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