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可奈さん
第9章 熱
あり得ないとは言いきれない…こと彼女に限っては。

だったらやっぱり行かなきゃな…
あとで電話してみよう。

歩道橋を下りる頃には夕暮れが迫っていた。団地の向こうに見える遠い山々が、夕焼けの空を従えて黒々と波打っている。

歩道橋を駆け下りて団地の敷地を歩く間、俺は何度もマンションのバルコニーを確認していた。

もう可奈さんはそこから顔を出す必要はなくなった。だから当然姿は見えない。

7号棟の階段を上がり、いつものクセでまた踊場から向かい側のバルコニーを見下ろした。


「…っ…、なんで?」


一瞬で時間が戻っていく


彼女はそこにいた
何も変わらず




バイクに乗った事も、輝いていた海も、"たかひら"も初めてのキスも…、全てが歪んだ鏡の中に映し出されてぐにゃりと形を変える。壊れて粉々に飛び散った欠片は光を失い、深い暗闇に吸い込まれていった。




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