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可奈さん
第5章 来訪者
「私は呆然としていて…、でもすぐに後を追いかけたの。雨の中で追い付いて、自分が信じていた事を叫んだわ。
彼は素晴らしい男性です。私は彼を本当に愛していました。お金はいりません、謝罪します、訴えて頂いて結構です…」


あの時のやり取りが目に浮かんだ。


「そしたら…
あなたが素晴らしいと思って見ていたのは、昔、小さな会社を立ち上げながら取引先の倒産でどん底に落ち、わたくしと手を取り合ってここまでのしあがってきた男のほんの一部に過ぎません。わたくしが支えてきた男です。
訴えて?…あなたは職場で倒れた社長としての長谷川の顔に、泥を塗るおつもりですか?…わたくしはこれから先も、今日の事さえも、心の中に秘めて苦しみぬくつもりです。
…そしてブーンって行っちゃった」


雨の音が聴こえる気がした。

ずぶ濡れの可奈さんの背中が、あんなに震えていた訳がわかった。

彼女は負けた。
思い出をぐちゃぐちゃにされて。
密かに浸っていた満足感からも引きずり出されて。




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