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奴隷からのはじまり。
第5章 ご、お父様お願い。
 玖路香は彼女の空席を見つめ、気にかけながらも、電話さえできない日々を送った。
 愛乃が来ないことを気にするのは玖路香だけではない。彼女に想いを寄せる者が、玖路香なら何か知っているのではないかと尋ねてくる。
 中には勝手に勘違いして、玖路香をリンチする者たちもいた。レンが助けてくれなければ、どうなっていたかわからない。
「本当、愛乃は罪なオンナだね。こんなにたくさんの心を狂わせといてさ、勝手に来なくなるんだから」
 図書室で傷の手当てをしてくれながらレンが言った。彼女も、愛乃が今どうしているか気にしているが、連絡もとれないでいるらしい。
「一応友達だけど、深い話することなかったからさ。知らないことも多くて。無理に突っ込んでくわけにもいかないし」
 困り顔のレンをぼうっと見上げ、愛乃が誰からも慕われていながら誰にも心を許していなかった理由を、玖路香は考える。
「たぶん、アンタがいちばん、許されてたんじゃない? あたしなんか、家に呼ばれたこともなかったし」
 レンが煙草を吸いながら言った。
「奴隷」ではあったけど、確かに愛乃にとって玖路香は特別な存在だったかもしれない。
「もし行けるなら、一度様子見に行ったげたら?」
 他の誰にもできないことだ、と背中を押され、玖路香はとうとう、命令に背いて自ら彼女の屋敷を訪ねる決意をした。


 久しぶりだからか、初めて来たような錯覚を覚える。チャイムを鳴らしても、誰も出てはこなかった。外出しているのかもしれない。そのまま少し待ってみたけれど何の音も聞こえなくて、玖路香が引き上げようとしたそのとき。
 ふいに、上空のほうから、窓が開く音がした。端正な顔だちの男がそこから、玖路香を見下ろしている。
 目が合った瞬間に、「この人が愛乃のお父様だ」と、玖路香にはなぜか分かった。愛乃に少し似たところはあるものの、冷酷そうで、近寄りがたい雰囲気が漂っていた。
 男が、にこりともしないで手招きする。
 玖路香が戸惑っていると、ドアが開いて、執事が顔を出した。
「どうぞ、中へ」
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